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 ※毎週金曜日配信 2006年7月7日 第209号
経済論評
『交渉の基礎』
 大場 充 広島市立大学情報科学部教授


 よく日本人は交渉が下手だと言われます。筆者も自らの経験で、そう思っています。原因は、近代日本の教育にあるのではないでしょうか。その理由のひとつは、米国で育った日本人の子供たちは、一般的に交渉や議論が上手なことです。これは、単に自己表現が上手とか下手とか言うレベルを超えた、由々しき問題でしょう。
 交渉は、意見の対立する2者間または、多者間において合意を形成するための方法です。日本では、そのように意見や価値観が異なる者の間で、合意を形成する訓練を小学校から大学まで、どこでも学ぶことがありません。強いて言えば、家庭の中の、兄弟間でのみ学ぶことができることなのです。しかし、親の裁定によって、年上の者が年下の兄弟の言い分をのむ、と言う決着が強制されます。
 多くの日本人がこのような交渉ごとの難しさに初めて直面するのは、就職して社会に出てからのことです。企業の中で、自分のアイデアが組織にとって望ましい結果をもたらすと思っても、他の社員たちが賛同してくれるとは限りません。立場の全く異なる使命を与えられた部署に所属する社員は、全く違った視点から、そのアイデアがいかに問題の多いものであるかを主張することもあります。
 このような価値観の衝突に真剣に直面することがほとんどない日本人の若者は、時として現実の社会と、自分たちが学んできた社会とのあまりの違いの大きさに驚愕します。そして、社会で活動すること自体を辞めてしまう、ニートやフリーターのような人々が生まれます。日本では、価値観の衝突が起こったときには、何よりも相手の意見を聞かず、自分の意見を通すことが重要になります。
 筆者が知る限り、そのような社会は日本以外には存在しません。それは、近代日本に特有な文化現象であるとも言えます。米国企業で働いていると、どのような意見であれ、周囲の人々は耳を傾け、価値観の対立が表面化すれば、全員がその解消を考え始めます。ゼロかイチかの解決策はありえません。どのような主張にも一理はあるからです。
 筆者が就職した日本IBM社は、確かに米国資本の会社ですが、社内の文化はかなり日本的で、社内における議論の仕方は、日本社会を反映したものでした。これは、ある意味、同社にとって不幸なことだと思いました。米国の親会社では、まっとうな議論と思われる主張が通らず、世界的には全く理解されないだろうと思われる議論がまかり通っていました。「日本人の議論は議論ではなく、議題に関連したことをあれこれ話しているだけだ」と評されるのも、的外れとは言えません。
 広島市立大学に着任してから、米国IBM時代の友人とともに、当時の通産省の仕事をする機会がありました。そのとき、広島のIT技術者にも議論に参加してもらったのですが、似たような感想をもちました。仕事が一段落してから、その友人と電子メールのやり取りをしているうちに、「日本人はなぜ交渉が下手なのか」と言う議論になり、筆者とその友人がそれぞれの仮説を展開しました。
 もちろん、結論は出ませんが、色々と示唆に富んだ意見を聞きました。アメリカで育ったアメリカ人でも、価値観の衝突に直面すると、それを回避しようと思うこと。さらには、議論によって相手を傷つけ、友情が損なわれかねないことを気にすることなどです。しかし、子供の頃から議論を積み重ねる経験の多いアメリカ人は、極端な緊張感を解きほぐす方法を知らず知らずのうちに身につけることや、交渉の仕方そのものを学ぶ機会もあるのです。
 その友人は、その後、筆者宛にある本を送ってくれました。その本は、『合意を勝ち取る』と言う意味のタイトルの、薄い本でした。筆者は、その本を外国書購読の教科書に選び、学生に読ませました。その本には、興味深いことがいくつも書かれていました。そして、教育や訓練を受けなければ、基本的にはアメリカ人も日本人と同じであることを、確信しました。
 その本は、米国の外交交渉における多くの失敗から、何を学ぶべきかが書かれていました。単純なこととしては、交渉をするときは、十分に体調を整えて交渉の場に臨まなければならないと言う鉄則が書かれています。寝不足や時差など、我々が注意するだけで、解決できる問題が、時として国益を左右する事態を招きかねないことを説明しています。
 それほど単純なことではありませんが、よく考えれば当然なことも書かれていました。『自分たちの面子に拘わってはいけない』という原則です。我々は交渉に当って、特に、交渉の相手が自分たちよりも力の弱い相手であるとき、そのような相手の言い分を聞くことは、自分たちの名誉を汚すことだと勘違いしてしまう傾向があります。そのため、妥協点が見出せるはずにも関わらず、自分たちの意見に固執して、合意点を見出さずに交渉を決裂させるという例です。
 自分たちの意見を通そうと言うのは、交渉ではありません。それは、子供たちの間の口げんかと同じです。実は、未成熟な近代日本の社会では、まさにそのようなことが当たり前のようにまかり通っていたわけです。交渉は、自分たちの譲れない点を示し、相手の言い分を聞き、どうすれば両社の合意できる案を作り上げられるかを探るための活動です。妥協しないのであれば、交渉の余地はないのです。そのような場面で、面子や立場に拘わるのは愚の骨頂です。
 この本に書かれている最も重要な交渉の原則は、「最初から結論を決めてはならない」です。交渉の結論は、相手とのやりとりの結果として得られるもので、最初から決まっているわけではありません。最初から決められるのであれば、交渉の必要はないからです。自分にとって望ましい結論はあるかも知れませんが、それだけを追い求めては交渉にならないのです。
 もう1つ重要な原則に、「何のために交渉をするかの目的を明確にする」があります。国と国との関係であれば、戦争を避けるための外交交渉があります。外交交渉を決裂させて、戦争を始めるのでは意味がありません。当事者同士、「戦争を避けることが最も重要なこと」である事実を、よく認識しない限り、交渉は成功しません。交渉は、合意をまとめられてこそ、評価されるのです。
 ただし、このようなことも書かれていました。「合意を取り付けるために妥協することは避けられない。しかし、自分が妥協したからと言って、交渉相手が同じように妥協すると期待してはならない」と言う原則です。自分が何について譲歩し、相手が何を譲歩すべきかを議論すること自体が、交渉の中身なのです。時として、相手の心情に配慮し、交渉相手も自分と同じように配慮してくれるはずと考え、先に譲歩して恩を売る日本的交渉術は、国際的に通用する手法ではないようです。

【プロフィール】 大場 充(おおば みつる)
1949年 東京都生まれ
1973年 青山学院大学大学院修士課程修了(理工学研究科)
1974年 日本アイ・ビー・エム株式会社入社(製品保証)
1982年 同 東京基礎研究所(主任研究員)
1984年 同 東京基礎研究所ソフトウエア工学担当マネージャー
1990年 米国IBMエンタープライズ・システムズ出向(副主幹研究員)
1993年 日本アイ・ビー・エム株式会社SE研究所(副主幹研究員)
1994年 広島市立大学情報科学部教授
経済長編読物
『中国にもコスト上昇の重し 民間企業が集まる温州』(7月5日(水))

 低コストを武器に輸出市場を開拓してきた中国企業に、成長の代償であるコスト上昇がのしかかり始めた。昨年の全国平均の労働者賃金の上昇率は14%に上り、電力料金の引き上げは3年連続。人民元の一段の上昇も見込まれる中、高付加価値製品の生産に活路を見いだす動きも出ている。
 ライターなどのメーカーが集中する浙江省南部の温州市。人口750万人の都市が、世界の金属製ライターや眼鏡の約7割を生産するとされる。中央から遠く離れ国有企業が少なかったため、家内工業から発展した民間企業が13万社に上り、「民間活力」のモデル地域とされている。
 だが、ライター製造大手、大虎打火機の呉・副社長は「工場労働者の平均賃金は数年前には800元(約1万1000円)だったが、いまは1300元。残業を含めると2000元近い」と語る。かつて温州には3500社の同業者があったが、激しい競争の結果、400社に減った。
 人件費アップに加え、人民元が年間3%程度上昇するとの予測も出ており、前途は多難だ。こうした中、企業は価格をたたかれやすい相手先ブランド生産(OEM)から、高付加価値の自主ブランド製品生産への転換を狙い始めた。
 大虎は工芸品のような価格50ドル(約6000円)以上の高級ライターも生産、「OEM比率を抑え、自主ブランドを7割にする」(呉副社長)のが目標だ。イタリアの有名ブランドの生産を請け負う夏蒙服飾の李延輝顧問は「品質向上でコスト上昇を乗り越えるしかない」と語る。急激に円高が進んだ1980年代後半の日本と同様の試練に直面しているようだ。
 ただ、本業で上げた利益は必ずしも研究開発などに回っているわけではない。中国の他地域では「温州商人」といえば不動産投機でも知られ、企業は地元でも活発に不動産に投資する。
 市内の住宅価格は1m2当たり8000元以上で北京と大差はなく、日本円で数億円という高級別荘が立ち並ぶ地域も出現、日本のバブル期を連想させる。
 最近、温州企業を視察したシンガポール国立大学の黄朝翰教授は「人件費だけなら中国より安い国もある。コスト上昇を圧倒的な量産効果で吸収できるのが中国の強みだ」と分析。「(下請け生産中心の)現状から自主ブランド主導まで進むにはまだ時間がかかる。当分は先進国企業との分業が続く」と予測する。
経済サロン 藤井泰夫のビジネス談話室
『県内の注文住宅年間8000軒、価格は2極化』
    リクルート中国支社 住宅情報広島版編集長 時ア 稔氏(下)
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